消滅時効の主張と相続放棄の解決事例

1 ご依頼の経緯

 被相続人のお父様が亡くなって、4年ほどして、保証協会から督促状が届いたとのことでした。 お父様は、親戚の事業借入について保証したことがあるほか、自宅についても抵当権を設定して挙げて、担保提供したとのことでした。 ただ、借入した本人は、10年以上前に破産しており、お父様も返済していたようには思えないとのことでした。 そのため、消滅時効を主張すればよいのかということで相談にお見えになりました(依頼いただいた相続人は、配偶者と子の両名でした)。

2 問題点

 借入契約の古さなどから、被相続人が負担する保証債務は消滅時効となっている可能性が高い事案でした。 しかし、いきなり消滅時効を援用すると、相続放棄とは矛盾する行為ですので法定単純承認事由に当たる可能性があること、そして、10年以内に1円でも支払っていると、「債務承認」となって時効消滅の主張ができずに保証債務を負わなければならない可能性がありました。つまり、時効援用の意思表示をしたものの、時効消滅しておらず保証債務が残ってしまうという危険性が予想されました。 他方で、いきなり相続放棄をすると、自宅を手に入れることができないという問題があるほか、保証債務が時効消滅していない場合に被相続人であるお父様の兄弟姉妹に保証債務を相続しないといけない危険性もありました。 保証協会は、取引履歴について開示に時間がかかるとのことで、督促状を受け取ってから3か月以内に、消滅時効を主張するか、相続放棄するか決めることが難しい状況でした。

3 弁護士に依頼することによる解決

 そのため、まずは相続放棄の3か月(熟慮期間)の伸長申立てをすることにして、家庭裁判所に熟慮期間伸長の申立てをしました(配偶者は自宅に居住していたこともあり、子のみについて熟慮期間伸長の申立てをしました)。 家庭裁判所からは、自宅という財産の存在を認識していたから、熟慮期間の起算点は逝去時ではないかとの釈明を求められましたが、相続登記未了であることや放棄する者は居住していないことを主張したところ、熟慮期間の伸長が認めていただくことができました(かなりのやり取りがありました)。 熟慮期間を3か月ほど伸ばしてもらったところ、保証協会から過去10年以内の返済履歴は認められないという連絡が来たことから、消滅時効援用の意思表示を保証協会に行いました。 また、自宅について被相続人名義でしたので、配偶者が自宅を取得する内容の遺産分割協議書を作成しました。そして、保証協会から自宅の抵当権の抹消書類が来たので、弁護士が遺産分割協議による相続登記と抵当権の抹消登記申請をして、無事事件は終了しました。

4 時系列

平成10年   被相続人が保証かつ自宅を担保提供(抵当権設定) 平成12年   主債務者破産 平成24年   被相続人逝去 平成28年8月 保証協会から請求。すぐにご相談・ご依頼 平成28年8月 熟慮期間伸長申立 平成28年9月 3か月伸長決定。 なお、家庭裁判所と何回かやり取りがありました。 平成28年11月 保証協会より10年以内の弁済履歴無しとの回答 平成28年11月 消滅時効援用の通知 平成28年12月 抵当権登記抹消書類受領 平成29年1月  遺産分割協議書作成・調印 平成29年4月  抵当権登記抹消登記、相続登記により所有権移転登記完了

5 コメント① 消滅時効援用と相続放棄は矛盾することに注意が必要

 相続放棄は、プラスの財産も、マイナスの財産も相続しないことを意味し、相続放棄した方は、被相続人の財産に関する行為ができない(財産価値を維持するための保存行為のみできます)ことになります。 一方で、消滅時効の援用は、被相続人本人にしかできない財産行為と言えるため、相続放棄をする人は、消滅時効の援用はできない可能性が高いです。 そのため、消滅時効の援用と相続放棄の両方が考えられる場合には、どちらにするか慎重に判断する必要があり、場合によっては相続放棄のための熟慮期間伸長の申立ても検討する必要があります。

6 コメント② 逝去から時間が経過していても、熟慮期間伸長や相続放棄が認められることがあります

 逝去から時間がかなり経過していても、事情によっては、熟慮期間伸長や相続放棄が認められることがあります。具体的には、プラスの財産がほとんどなかったため相続手続(預金の名義変更手続、不動産の名義変更手続)をしていない、生前に借金していた形跡が無く突然督促状が送られてきたなどの場合には、督促状を受け取ってから3か月以内に相続放棄するか否か、熟慮期間伸長を申し立てるか否かしても認められる場合があります。 もっとも、戸籍謄本や住民票除票の収集などで時間を要する場合がありますので、また、申立してから受理まで2~3週間かかる場合もありますので、早めに相談来ていただく必要があります。 そのため、被相続人の借金や保証に関する督促状が来た場合には、すぐに弁護士に相談したほうが良いでしょう。

7 コメント③ 登記完了してようやく終了

 本件では、遺産分割協議や相続登記が未了でしたので、抵当権登記抹消と合わせて登記手続きも弁護士が代行しました。 現在の権利関係と登記を一致させることで、将来の余計なコスト(相続人が死亡して相続人がどんどん増えていく場合、相続人の確定のための戸籍謄本収集のコストや交渉コストがかかります)を省略できますので、登記手続きまでして事件終了となる事案でした。

8 結論

 本件では、時効消滅援用と相続放棄(熟慮期間伸長)とが絡むケースでしたが、順序だてて解決することができました。

   

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